「それでは定刻となりましたので、挑戦者・斎藤八段の先手番でお願いします」
4月7日9時。東京都文京区・ホテル椿山荘において、第79期名人戦七番勝負第1局▲斎藤慎太郎八段(27歳)-△渡辺明名人(36歳)戦、1日目の対局が始まりました。
立会人・中村修九段のかけ声で両対局者は一礼。先手の斎藤八段は7筋の歩を突き、角筋を開きました。対して渡辺名人は8筋、飛車先の歩を伸ばします。
戦型は矢倉へと進みました。
「矢倉を制する者は棋界を制す」
かつてはよく、そんな言葉も語られました。1935年に実力制名人戦が始まって以来、多くの大棋士、名棋士たちが、矢倉で棋界最高峰の座を争ってきました。
「花咲いて 名人戦は またはじまる」
棋界の先達・建部和歌夫九段(1909-74)はそんな句を残しています。棋界歳時記では美しく花が咲く春に、名人戦七番勝負が開幕します。
名人戦の舞台で数多く戦ってきた羽生善治九段もツイートしている通り、対局場の椿山荘では、美しい桜が見られます。
将棋四百年の歴史においては原則的に、名人は同時代にただ一人しか存在しません。当代の渡辺名人は棋王、王将をあわせもつ、現代将棋界の第一人者です。
渡辺現名人は1984年4月23日生まれ。棋士人生の充実期を迎えている現在は36歳で、ほどなく誕生日を迎え37歳となります。
渡辺現名人は小4で小学生名人。中3で難関の三段リーグを抜け四段。早くから「名人候補」の名にふさわしい活躍を続けてきました。20歳で初タイトル竜王位を獲得。以来タイトル獲得は史上4位の28期です。
エリートコースから大棋士への道を着実に歩んできた渡辺現名人。しかし名人戦だけは不思議と縁がありませんでした。A級順位戦では毎回好成績を残すものの、名人挑戦には届きません。
「羽生、森内は春の季語」
近年ではそんな言い方もされていました。2000年代から2010年代に至るまで、名人戦は羽生現九段(名人位9期)、森内俊之現九段(同8期)のマッチレースの感があり、そこに渡辺現名人が割って入ることはありませんでした。
渡辺現名人は2017年度、棋士になって初めてとなる負け越しを経験します。順位戦でもA級からB級1組へ降級という逆境にも陥りました。
盤上でも盤外でも、大棋士の真価は逆境の際に現れます。渡辺現名人は立ち直り、B級1組全勝でA級に復帰。さらにはA級も全勝。順位戦21連勝の圧倒的な成績で初の名人挑戦権を獲得しています。
2020年度。豊島将之名人に渡辺挑戦者がいどむ七番勝負はコロナ禍の影響で開幕が遅れ、4月ではなく6月に第1局がおこなわれました。七番勝負は真夏にまでおよび、最後は渡辺挑戦者が4勝2敗でシリーズを制しています。
斎藤八段は1993年4月21日生まれ。現在は27歳で、ほどなく28歳となります。ちなみに1993年度生まれの棋士は多く、斎藤八段のほかには池永天志五段、高見泰地七段、三枚堂達也七段、高野智史五段、谷合廣紀四段、八代弥七段と多士済々です。
斎藤現八段は2012年、18歳で四段昇段。新進気鋭の若手棋士として早くから活躍し、18年には王座のタイトルを獲得しています。順位戦でも順調にステップアップを重ね、2020年にA級昇級。そして並み居る強敵を連破して、1期で名人挑戦権を獲得しました。
過去に1期で名人挑戦権を獲得した棋士の中からは、谷川浩司九段、羽生九段、佐藤天彦九段がそのまま一気に名人位も獲得しています。
斎藤八段もまた、一気呵成の名人獲得は成るでしょうか。
複数のタイトルをあわせ持つ第一人者に、実力十分で勢いも得た挑戦者が挑む。これが実力制名人戦史上よく見られてきた基本的な構図です。
桜の花が咲くこの季節。伝統の名人戦らしい第1局が始まりました。
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